人間文化講座 講師 田村 容子

1939年の演劇雑誌『百美図』。表紙は京劇女優・孟小冬扮する諸葛亮。

革命現代京劇『紅灯記』。1971年の連環画(絵物語)の表紙より。京劇作品は舞台で演じられるのみならず、映画や連環画の形式でも広められ、プロパガンダ芸術となった。
大学生のときに初めて行った海外が中国です。茶館でお茶を飲みながら、小さな舞台の上で演じられる劇に熱狂する中国人を見て、その観劇習慣をとても新鮮に感じました。その後、京劇という伝統的な歌舞劇に魅了され、大学4年生のときに中国天津市に留学。以来、京劇を中心に、中華圏の演劇全般に関心をもっています。
18〜19世紀にかけて形成された京劇は、それ以前の伝統劇を継承する一方、20世紀の激動の中国近代史のなかで、姿を変えながら発展します。演劇は、観客の欲望を反映するという意味で、時代を映す鏡であるともいえるでしょう。そこで、20世紀の上演記録を発掘することで、中国人のものの見方や、中国社会の近代化の過程を考えることを最近の課題にしています。
また、中華圏の同時代演劇の翻訳・紹介も行っています。北京・上海・香港・台湾など、地域によって異なる歴史や言語を持つ中華圏の演劇の現状を複眼的にとらえ、各地の人々のアイデンティティのありようを、演劇作品をとおして考えていきたいと思っています。
演劇の楽しさは、やはり劇場での体験に尽きます。授業で脚本や映像などに触れて知識を得た後は、ぜひ実際に劇場に足を運んでみて下さい。
地域政策講座 准教授 保科 英人

日本産タマキノコムシの分類学的研究
タマキノコムシは、昆虫綱鞘翅目ハネカクシ上科に属する科で、日本からは200種程度が知られている。名前は、「丸くて、キノコを食う虫」と言う意味だが、ヒメタマキノコムシ属、ヒラタタマキノコムシ属のように、体が球形を帯びないグループも少なくない。さらに、チビシデムシ亜科のように、動物の死骸に集まって、腐肉を食うグループもあり、生態的にも多様な分類群である。
キノコを食うグループでも、シイタケやシメジのような、いわゆる食用キノコはあまり好まず、むしろ樹皮下のカビや粘菌類から捕れることが多い。しかし、ホスト菌類に関する情報はほとんど得られておらず、その生活史は謎に包まれている。
その理由は、まず、同定が困難であることがあげられる。体長は、最大の種でも、1センチ以下であり、1ミリ台の種も少なくない。また、体色は、ほとんどの種が、茶色か黒色で、また、体型における種間の差が小さく、それらの外部形態による種の識別は困難である。私の研究は、このタマキノコムシが、日本に何種して、そのファウナの生物地理学的特性を明らかにすることにある。
芸術・保健体育教育講座 准教授 湊 七雄

絵画と版画を専門としています。ここ10年程は、非毒性版画技法の研究に取り組んでいます。一般には広く知られていませんが、美術作品の制作においては、幾多の有害な材料が用いられます。とりわけ版画の分野ではその傾向が顕著で、身体の健康や環境への悪影響が懸念されます。そこで、有機溶剤を使用しない凹版画(腐食銅版画)や平版画(ポリエステルフィルムリトグラフ)などの技法を研究開発し、学校教育現場への応用を試みています。クリーンな環境で、版画の魅力、刷りの楽しさを十分に味わう事の出来る授業作りを目指しています。
美術作家としては、自然の神秘性をテーマとした平面作品を発表しています。写真は2011年に発表した「Melted Green」(溶けた緑)のシリーズ作品です。芸術表現においては「何で表現するか」よりも「何を表現するか」を大切にしたいと考えます。

社会系教育講座 准教授 門井 直哉
専門は歴史地理学です。地理学は地表上の諸現象を研究対象とする学問ですが、歴史地理学では特に過去の現象を扱います。私自身は、日本における行政区画の変遷を研究テーマの一つとしています。
かつて日本には国や郡という行政区画がありました。福井大学文京キャンパスは、昔でいえば越前国足羽郡に位置しています。現代の行政区画は都道府県や市町村となっていますが、国・郡の名称は今でも地域呼称として根強く残っています。ところで、地図で確認してみると、国・郡の大きさは実に様々であることがわかります。必ずしも山や川などの地形によって明確に区分されるものでもないようです。国・郡の範囲が時代によって変化することもあります。そもそも国・郡の範囲はどうやって定まったものなのでしょうか?国・郡の範囲が変わるのはなぜでしょうか?こうした問題について、当時の国家のあり方や在地の動向などを踏まえながら明らかにしていこうとしています。

人間文化講座 准教授 磯崎 康太郎

ドイツ文学・文化研究を専攻として、19世紀オーストリアの作家アーダルベルト・シュティフターの研究から出発しました。この作家が描きだす、ヨーロッパの伝統と教養の保存形式は、とりわけ記憶のあり方という問題に興味を抱かせました。記憶は、非常に私的で曖昧なものである一方、さまざまな事件をめぐって複数の人間に共有されるものでもあり、また記録として、どこかのアーカイブでひっそりと眠っているものでもあります。覚えるべきと言われてきた事柄は、教養や文化を形成し、時代の流行り、廃りとともに変化しながら、しかしそのなかで残った作品は、語り継がれるべき作品、すなわち「古典」とも呼ばれます。覚えるべき事柄は、たとえば出版物のような形でメディア化され、ひとたびそうなれば、それは半永久的に保存可能となります。メディアの発展とともに、果てしない量の記憶の保存が可能になった現在、それらを取捨選択したり、棄却、すなわち忘却したりすることの方が難しくなっているのかもしれません。このように考えると世の中のさまざまな出来事は、記憶の問題に関連しています。文学、思想、音楽、美術、映画・・・ドイツ語圏がもつ記憶の奥行きの深さに、日々驚嘆しながら、研究に取り組んでいます。
シュティフターの絵画「ヴィッティングハウゼンの廃墟」
発達科学講座 講師 八田 幸恵

教育学はとても射程範囲が広い学問で、しばしば雑学と言われますが、私の専門をひとつ特定するならば、教師教育論と言えると思います。
教師教育論を研究し始めたきっかけは、学生時代に小学校の教師たちと共同で授業研究を行い、その過程で、教師たちの複雑で創造的な思考方法に驚いたことにあります。たとえば、授業プランをつくっている段階では子どもにとって魅力的な教材を発明し、授業中は子どもの考えを柔軟に取り上げて教科の本質的な点に導き、授業後には具体的に授業場面を思い起こしながら教育目標・教材・子どもに関する理解を深めるといったことです。私は次第に、このような教師の思考方法をいかに言語化すればいいのかという問いを持つようになりました。

附属教育実践総合センター 准教授 大和 真希子

私は、教育制度・教育経営という分野で研究を続けてきましたが、特に最近、教育実践を規定する法律や制度の下で、学校の先生たちがどのようにして教師らしさを獲得していくのか、ということに関心をもち、これを、教師の「身体」という観点から研究したいと考えるようになりました。教師の身体(たたずまい,非言語行為)に対するこうした強い興味の背景には、私自身の被教育体験-先生の優しい言葉と、それと裏腹な厳しい視線に違和感を覚えた経験-があるような気がします。たとえば、「児童に教師の言うことを聞かせる」状況として、みなさんはどんな光景を想像しますか。私は、この状況を思い浮かべた時、「児童に聞かせる」ための教師の身体の向きや視線、表情、声量や声のトーンなどの細かな要素の集大成が、その教師の行為を成り立たせていることに改めて気づきました。

理数教育講座 准教授 櫻本 篤司

私の専門分野は関数解析の一分野である作用素環論です。
関数解析では関数をベクトルとして扱い、積分を用いて内積を定義します。関数からなる空間は無限次元の空間で、3次元の世界では見られない現象が起こります。この無限次元の空間で行列にあたるものを作用素といい、その作用素からなる集合(作用素環)について研究しています。
また、最近では数学を用いたゲームの研究にも取り組んでいます。
例えばペグソリティアというゲームでは、写真にあるように33箇所のうちの1箇所を空けた状態からスタートし、ビー玉を動かして1つだけ残すことを目的とします。
ペグソリティアでは、最初に空けた位置の隣に1つだけビー玉を残そうとしてもできません。この場合、いろいろ頑張ってみたけどできなかったからという理由で不可能だと断言することはできるでしょうか。実は可能であるのに、その人が手順を見つけられなかっただけということも考えられます。そこで、その不可能であることを数学を用いて証明するのです。私が現在取り組んでいるのはペグソリティアを発展させたゲームですが、単純なゲームであっても奥が深く、興味が尽きることはありません。
附属教育実践総合センター 准教授 廣澤 愛子

臨床心理学は、心の傷や心の病を抱えた人に対する心理的支援という実際的な関わりをベースに発展してきた学問であり、私自身も、そのような実際的な関わりを大切にしています。人は心の傷や心の病を抱えたとき、その傷に対して自己治癒力を働かせることが知られています。そのメカニズムについて明確なことは分かっていませんが、私自身は「如何にその人自身の自己治癒力が発現してくるか」に最も関心があり、それを研究テーマにしています。また、「自己治癒力の発現」には、こちらの意図や考えを相手に伝えて「教育」するというスタンスはあまり意味がなく、あくまで、本人の主体性が重んじられる環境の中で、本人自らが、自己治癒力を発現させていくことが大切だと考えています。

理数教育講座 准教授 淺原 雅浩

機能性有機材料と教材開発に取り組んでいます。
一つは、光エネルギーを電気エネルギーに変換できる新しい有機色素、逆に電気エネルギーを光エネルギーに変換できる有機色素の開発研究を行なっています。化学は、元素を自在に取り扱う学問ですから、フラスコの中で化学反応を行なうことで、様々な機能を持つ物質を作り出すことができます。例えば光が当たるだけでピカッと光る物質を合成できた瞬間は、胸がときめきワクワクします。もしかしたら、この物質が有機ELディスプレイに使われる日が来るかもしれません。私の研究室では、物質合成はできますが、それをデバイスに仕立てあげて評価することはできませんので、学内外の工学部の先生方と共同研究を実施しています。ある学生さんには、工学部に短期間研究に行ってもらったこともあります。夢のある物質創製研究を日々楽しんでいます。

社会系教育講座 准教授 中澤 達哉

東欧近代史(とくにスロヴァキア、チェコ、ハンガリー)における民族運動・国民形成・ナショナリズムに関心をもっています。なぜ近現代世界の人々は、民族のために命をかけて戦えるのでしょうか? なぜ凄惨な戦争をつづけ、ナショナリズムに身を投じていくことができるのでしょうか? 現代のテロリズムにも繋がるこの問題を解明するひとつの鍵が、民族中心の社会編成原理を18-19世紀に生み出し、20世紀には民族自決権を行使して国家を形成した東欧の諸民族です。民族が国家の主役として認識される際、近代の市民権や人権や自決権のみならず、中世以来の伝統的な封建原理や身分制原理がこれにいかなる影響を及ぼすのかについて、現在スロヴァキアを事例に研究を進めています。

現スロヴァキア共和国首都ブラチスラヴァの大司教宮殿:アウステルリッツの三帝会戦(1805年)の講和条約締結の地。この前後に東欧のナショナリズムが高揚する。
地域政策講座 准教授 手塚 広一郎

私の研究のひとつをご紹介しましょう。私の専門分野は交通経済学と呼ばれるものです。交通サービスのような財(商品)には、その特性として“貯蔵不可能性”があります。今日のうちに生産したものを保管しておいて次の日以降に販売するといことができないという性質です。そこで、「貯蔵不可能な財の価格(スポット価格および先物/先渡し価格)がどのように決まるか?」という問題について、数理ファイナンスがご専門の大東文化大学の石井昌宏先生や京都学園大学の石坂元一先生らとともに研究を進めています。

実は、この他にもいろいろな研究をしています。それに関して、「高校生のための大学の授業―学問からみる企業のかたち―」(弘文堂)という本のなかで関連する内容の一部を紹介しています。ご関心があれば是非ご一読ください。
出典:Ishizaka,Tezuka and Ishii (2007)

















