福井大学教育地域科学部 田中美吏研究室      Sport Psychology & Human Motor Control/Learning Lab.
研究室ゼミ

論文や本の紹介(過去の履歴)
2015年2月9日(月) No.86
Sheard, M., & Golby, J. (2006). Effect of psychological skills training program on swimming performance and positive psychological development. International Journal of Sport and Exercise Psychology, 4, 149-169.
<コメント>修士課程に在籍する学生の修士論文内での研究として、「競泳選手のプレッシャーの克服法」に関する研究に取り組んでいます。とくに中学、高校といったジュニア期の選手に焦点を充て、教育的な観点からも研究を進めております。このような研究の実施にあたって先行研究を調べるなかで、この論文にヒットしました。イギリスのトップレベルのジュニア競泳選手36名を対象に、目標設定、イメージ、リラクセーション、集中、思考の停止といった心理的スキルトレーニングの教育プログラムを1週間に45分間×7週間実施し、パフォーマンス(競泳のタイム)と心理面(自己効力、楽観性、快-不快感情、メンタルタフネスなど)への効果が調べられています。競泳タイムの向上が見られたのは200mバタフライ、200m背泳ぎ、200m自由形の3種目のみですが、心理指標に関しては全選手の平均値において多くの項目で改善が見られ、心理的スキルトレーニングプログラムによって自己効力、楽観性、ポジティブ感情などの心理的効果が獲得されたことが報告されています。論文の一連の記述で「ポジティブ心理学」に関する内容も盛り込まれており、心理的スキルトレーニングの活用に対して上手い話題提供をしているなとも感じました。また競泳タイムに関して200mの種目のみに効果が得られているのも偶然とは考えにくく、心理的な要素が影響する距離特性なのかなと感じました。

2015年1月28日(水) No.85
Bijleveld, E., & Veling, H. (2014). Separating chokers from nonchokers: Predicting real-life tennis performance under pressure from behavioral tasks that tap into working memory functioning. Journal of Sport & Exercise Psychology, 36, 347-356.
<コメント>プレッシャーと運動行動に関する多くの論文がここ数年で数多く出てきており、世界中でスポーツに関するプレッシャー研究が速いスピードで進捗していることをひしひしと感じています。今回の紹介論文では45名(分析対象は36名)のテニス選手を対象に、暗算課題を用いて個人のワーキングメモリのキャパシティーを測定できるテストであるAOSPAN(Autometed Operation Span Task)と、風船割りシミュレーションを用いて個人の有するリスク行動の強度を測定できるテストであるBART(Ballon Analogue Risk Task)を実施させ、それらのスコアと実験参加者一人あたりの平均で約19マッチの実際のテニスの試合における勝敗やゲーム数の取り方・取られ方から「あがり」指標(CI: choking index)を算出し、相関分析をもとにそれらの変数の関係性が調べられています。そして主要な結果として、ワーキングメモリが小さい選手ほど、加えてリスク行動が大きい選手ほど、「あがり」(プレッシャーによるパフォーマンス低下)が生じやすいことが示されています。私の感想として、ワーキングメモリに関する結果は納得のいくものでしたが、リスク行動に関しては予想とは逆の結果でした。というのもプレッシャーでパフォーマンスが悪くなるひとつの原因に、安全重視の置きに行くプレーをしてしまうということが挙げられます。プレッシャーのなかでもリスク行動ともいえる思い切ったプレーができるということは非常に大事であり、このようなプレーができる選手が強いメンタルを有しているとも考えられます。このような現象を反映した結果ではなく、その理由にはこの研究の「あがり」指標の算出方法に原因があるように思います。この点はこの論文の著者らも考察において指摘しており、この指標ではプレッシャーの大きい勝負の決まるセットでの均衡したゲームの取り合いになった状況でのプレーの良し悪しが反映されていないという問題を有しています。このような問題点も有していますが、ワーキングメモリの大きさやリスク行動の強度という切り口から「あがり」現象を考えていく切り口は非常に面白く、この論文を皮切りにこの手の研究も増えていくのだろうなと感じました。

2015年1月19日(月) No.84
橋本公雄(2010)ポジティブ感情とネガティブ感情.体育の科学,60(1),15-19.(特集「こころ」を育てる身体活動)
<コメント>今年度の当研究室の卒業研究で、有酸素運動と無酸素運動のどちらがストレス解消に役立つかという疑問に対して、実験的にストレスを誘発し、有酸素運動や無酸素運動に取り組み、状態不安、快感情、不快感情、達成感を測定する実験的研究を実施しています。健康心理学(Exercise Psychology)分野のテーマと言えますが、この分野における快感情(ポジティブ感情)へのアプローチは、2000年にセリグマン(Seligman, M.E.P.)による「ポジティブ心理学」の提唱以降、歴史的に比較的新しい研究テーマであります。この論説では、スポーツや運動における感情の役割、感情の定義と分類、感情の測定方法に始まり、「ポジティブ心理学」の考えを基づいた運動とポジティブ感情に関するこれまでの研究がレビューされています。卒業研究の結果を考察するにあたって、多くの有益な情報を得ることができる論説でした。

2015年1月13日(火) No.83
Raab, M., & Laborde, S. (2011). When to blink and when to think: Preference for intuitive decisions results in faster and better tactical choices. Research Quarterly for Exercise and Sport, 82, 89-98. doi: 10.1080/02701367.2011.10599725
<コメント>前回の紹介論文と同様の著者らによる研究であり、この論文では直観的な判断を好むハンドボール選手が分析的な判断を好む選手よりも早くかつ正確な予測スキルを発揮できることが示されています。前回紹介した研究と同様に、ハンドボールの映像を止めた直後に出来る限り早く次のプレーの選択肢を答える予測課題を用いています。ドイツのジュニア・ハンドボール選手男女54名を対象としており、事前に直観的な判断か分析的な判断のどちらを好むかを数量化できる質問紙PID(Preference for Intuition and Deriberation)に回答させ、その点数に応じて直観的な判断を好む群と分析的な判断を好む群に分けています。結果として、直観的な判断を好む群は次のプレーの予測の早さや正確性が分析的な群を好む選手より優れていました。また、女子選手が男子選手に比べて直観的な判断を好むことも示されており、この結果は世間全般で言われている女性は直観(感情)的で、男性は分析(理論)的ということがスポーツ選手においても同様であることを示唆しています。この論文の考察の記述で特に興味深かったのは、今後の研究において、このような運動学習や知覚学習に対する直観の効果をプレッシャー、不安、感情、性格などの様々な心理的要因も絡めて研究を行うことが必要であると述べられている点でした。スポーツ心理学研究に対する大きな着眼点として非常に共感をいだく記述であり、このような考えが、前回紹介したプレッシャー下における予測スキルのパフォーマンス低下には自己意識度が関与していることを示した研究に繋がっていると思います。同一研究者らの一連の研究を線として捉えることができました。

2015年1月7日(水) No.82
Laborde, S., Raab, M., & Kinrade, N.P. (2014). Is the ability to keep your mind sharp under pressure reflected in your heart? Evidence for the neurophysiological bases of decision reinvestment. Biological Psychology, 100, 34-42. doi: 10.1016/j.biopsycho.2014.05.003
<コメント>プレッシャー下における予測(意思決定)スキルに対して自己意識度(reinvestment)が高い人ほど予測スキルのパフォーマンス低下が顕著であることを示した実験研究になります。意思決定に対してプロセスをあれこれと意識する度合や過去の失敗判断を反省しながら意思決定する度合を測定できる質問紙の自己意識的意思決定尺度(Decision-Specific Reinvestment Scale)を用いて、この質問紙の点数を基に高群(意識決定に対して自己意識が高く分析的な判断をする人)と低群(意識決定に対して自己意識が少なく直観的な判断をする人)にグループ分けし、3Dマウントディスプレイを利用し、ハンドボールの映像を見ながら映像が止まった段階で、なるべく早く次のプレーを口頭で回答する課題を実施させています。また課題遂行中に心電図を記録し、心拍変動を算出し、副交感神経活動との関連も調べています。結果として、高群は低群に比べて報酬をかけた競争によるプレッシャー条件(この条件の前には20分間観衆からの声援を想定したノイズ音やネガティブイメージを誘発するオーディオを聴く)では非プレッシャー条件(この条件の前には20分間集中力が高まるオーディオを聴く)に比べて、回答が遅くなり、回答の質も悪くなることが高群において顕著であり、さらには高群において副交感神経活動の低下も生じていました。これらの結果からプレッシャー下における予測スキルのパフォーマンス低下には自己意識度が関与しており、さらには自律神経活動も影響していると言えます。考察では、バイオフィードバックを利用することで最適な自律神経活動をつくり、プレッシャー下での予測スキルのパフォーマンス低下が防げる可能性があることが提案されています。さらには今後の研究で、脳波やfMRIを用いて中枢神経活動も記録することで中枢神経と自律神経のリンクも絡めて予測スキルのパフォーマンス低下の背景メカニズムを探る必要があることが提言されています。